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020「回復酒」

 元気だったのに パリ:1ヶ月ほど前、ラズウェル細木先生からご連絡をいただきまして。その内容というのが、コロナもあって、数年間止まっていた『酒のほそ道』定番の街飲みシリーズ。それを久々にやるから、取材に同行してくれませんか? っていう、ものすごくありがたすぎるもので。今回は中野で飲み歩くからと。 ナオ:おお! そんないい誘いが! パリ:で、作中でたまに、僕と先輩ライターの安田理央さんが合体した「ダリッコ」っていうキャラクターが出てくるんですけど、今回もその想定で、僕と安田理央さんとラズ先生、あと編集部からおふたりっていうメンバーで行くことに決まったんです。 ナオ:合体キャラ「ダリッコ」、強く印象に残っています。 パリ:それでもう、1ヶ月の間、まだかなまだかなと。遠足の日を待つ子供のように楽しみにしていて。 ナオ:なるほど、お誘いの連絡があってからその日までけっこう時間があるから。 パリ:はい。ところがですね、その取材日の2日前、朝からなんか寒気がするなと思って、熱を計ってみたら、37.8度あって。 ナオ:あら、大変。 パリ:日曜だったんで、とにかく1日寝てたんです。で、いち早く状況を連絡して、僕が無理を押して行って、万が一参加者の方に症状を移してしまっても悪いと思って、残念ながら今回は不参加とさせてくださいと。先生をはじめみなさんも、「大丈夫ですか? 無理せず体休めてください」と言ってくださって。 ナオ:大事をとってね。 パリ:すごく悩んだんですけどね。状況を見つつにしようかな? とか。ところが、翌日朝一で「発熱で……」病院に行って、その場で体温計ったら、36.6度なんですよ。そして、前日酒も飲んでないしたっぷり寝たからか、ものすっごい体調良くて。念のため検査もしてもらったけど、コロナやインフルでもなく、疲れか軽い風邪症状だったんでしょう、くらいの。 ナオ:しっかり寝るとそれだけでだいぶ回復しますもんね。 パリ:そうそう。病院の帰りも、無駄にすこやかなんですよ。で、翌日の取材の日は、こんなに元気なのにー! と思いつつ家にいて、さらにその翌日。参加者の連絡用に作られたグループLINEに、無数の楽しそうな飲みの様子の写真が届いて。みんな「わっはっは!」「いえーい!」みたいな顔してて。 ナオ:うおー、それは辛いですね。 パリ:おれ、いない……元気だったのに……っていう。な

019「怒られを逆手に」

めったにない経験 パリ:こないだありがたいことに、とある同世代の男性の作家さんが僕と飲みたいと言ってくれていると共通の知り合いである編集者さんから連絡もらって、それはぜひぜひ! と、3人で飲みに行ったんですよ。 ナオ:ほほう。いいですね。 パリ:飲んだのは、その方のホームグラウンドみたいな街で。 ナオ:作家さんがその街に詳しいわけですね。 パリ:そう。僕らはもう、ただ案内してもらうみたいな感じ。それで、その方がちょっと早めに街に着いて、「老舗の人気酒場の小上がり席が運良く空いていたので、そこで待ってます!」と連絡もらって、向かったんです。コの字カウンターと、小上がりが3つみたいな、ものすごく渋い店。みんな穏やかに飲んでる名店なんですね。そこで、1時間半くらい3人で飲んだかな。おでんがひとつひとつ、驚くほど美味しかったり。 ナオ:なるほど、いい店なんですね。 パリ:最高でした。入れたことが超ラッキーくらいの名店。ただ、なんとなく噂で聞いたことがあったんですが、そこ、取材的なものは一切NGな店らしくて、ちょっと緊張感もあるんです。 ナオ:ビシッとした雰囲気の。 パリ:はい。だけど飲んでたらつい楽しくなってしまって、ちょっとこう、我々のテーブルだけわいわいした感じになってしまってたらしいんですね。大声を出すとかじゃないけど。 ナオ:複数人だとそうなりがちですよね。 パリ:そうしたらそこの店主さんがですね、2代目とかなのかな? おじいさんとかじゃない、ぴしっとしたかっこいい店主さんなんですけど、僕たちの席までやってきて「すいません、もう少しだけお静かにお願いします」って、怒られちゃったんです。軽く。 ナオ:あら、そういうこともあるか。まわりが静かだと特にね。 パリ:申し訳なさすぎました。ただそこからが予想外の展開で、その作家さんが、それはそれとして、店主さんと話せるなんてめったにないチャンス! と「自分たちはこういう者で、こちらの方は、有名なライターのパリッコさんという方なんですよ」って。 ナオ:はは。すごい! 怒られを逆手にとったというか。 パリ:そうしたら、ラズウェル細木先生パワーですよ。店主の方が「あ、『酒のほそ道』で見たことあります」って。 ナオ:わー! 知っていてくれたんだ。 パリ:ただ、怒られた流れだから、もう恥ずかしくて恥ずかしくて。 ナオ:ははは。 パリ:ラ

018「軽々しく米と比べてはいけない」

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LINEに証拠残っちゃってる パリ:毎度驚きますが、我々の新しい本をまた出してもらえることになりましたね。 ナオ:なりましたよ! パリッコさんの本や私の本をこれまでにもたくさん出してくれている、スタンド・ブックスという出版社から。 パリ:出版界の異端児。いやむしろ、出版界の泥酔児? とにかく普通じゃない。 ナオ:はは。代表の森山さんが酔って出版を決断したのかもしれない。 パリ:「やべ、LINEに証拠残っちゃってるよ……」 ナオ:「うわ、本当に言っちゃってる。夢じゃなかった……」という。 パリ:だけどその結果、なんの役立つ情報もないけれど、とにかくおもしろい気がする本ができました。 ナオ:『ご自由にお持ちくださいを見つけるまで家に帰れない一日』というタイトルの本で、2022年9月29日に発売されます! 私たちが「酒の穴」というユニット名義でデイリーポータルZに書いてきた記事を加筆修正しつつまとめ直したものです! スタンド・ブックス詳細ページ Amazon販売ページ パリ:タイトルは収録された記事の一篇からとられたものなんですが、その時点でもう「こいつらやらなくていいことやってるな」とわかる。 ナオ:はは。そうですね。「帰れない一日」ってなんだよ。しかも、誰に言われたわけでもないですからね。自分たちで勝手にそう決めただけで。 パリ:そう。毎回担当編集の古賀さんに「次回、これやりたいんですけど!」と元気に提案。 ナオ:だから「帰れない」じゃなく、正確には「らない」ですよね。 パリ:はは。 「帰らない一日」だと急に駄々っ子感が出る。 ナオ:確かに。「おもちゃ買ってもらえるまで帰らない一日」。 パリ: 「ミュージシャンになるという夢を認めてくれるまで家に帰らない一日」 ナオ:一日でいいんだ! 明日には帰るっていう。 パリ:意思弱い。 ナオ:「温泉に泊まるので帰らない一日」 パリ:それは旅行っていうんですよ。 ナオ:ね。楽しいだけ。 パリ:だいたいまぁ、そんなくだらない内容が、ぎっしりと詰まった本ですね。 ナオ:はい。そういう本です。 パリ:見所としては、デイリーに書いた記事を厳選して、全編加筆修正して、そんで全ページに「副音声」という、振り返り対談を追加収録したんですよね。 ナオ:しましたねー! パリ:大変だったけど、なので全ページに新しい要素があると。 ナオ:こういうところ

017「ムーリケル」

体内ハリー・ポッター ナオ:先日、Twitterで見かけたニュースで「飲酒前に服用すると血中アルコール濃度を最大70%下げる新たな錠剤が開発された」というのがあったんですよ。 パリ:え! それがもし本当ならすごすぎませんか? ナオ:ね。私も半信半疑だったんですが、スウェーデンのDFM社という企業が開発した「Myrkl」という錠剤で、「すでにイギリスにて一般販売されており」と書いてある。 パリ:そうなんだ。 ナオ:アルコールが吸収される前に微生物が分解してくれるらしいんです。「1時間で最大70%分解する」だって。 パリ:まぁ、アルコールの分解能力って人それぞれだし、その日の体調によっても変わるし、もちろん、いつでも誰でもきっちりその効果が出るってことはないんでしょうが。 ナオ:ですよね。 パリ:しかし、あえて「きっちり70%分解してくれる」という前提で話を進めると、ちょうど飲み会の時、いつも飲みすぎ酔いすぎで、毎回翌日、「本当は30%くらいで良かったんだけどな〜」と思ってたんですよ。 ナオ:はは。数字がぴったり一致。 パリ:ちょうどいい薬だわ〜。 ナオ:もちろんこのニュースをみて「バカだなー! じゃあ、お酒飲む意味ないじゃん」と思う人もいるでしょう パリ:うん。 ナオ:その意見、ほぼ正解! が、私なんかもう、酒の分解能力が年々低下していて、でも、相変わらず居酒屋は好きなので、もし本当ならばすごく助かる。 パリ:あとさ、たとえば、家で晩酌するときは帰りの心配しなくていいから薬は飲まないとか、逆に今日はちょっと60%くらい酔ってしまいたい気分だから、錠剤を半分に割って飲んでおくとか、自由自在でしょ。 ナオ:はは。確かにそういう加減も可能か、もはや酒マスター。魔法使いですよね。 パリ:酒が魔法みたいなもんなのにね。魔法対魔法。 ナオ:白魔法と黒魔法みたいな。 パリ:ハリー・ポッターの世界。 ナオ:でも、どっちも自分っていう。 パリ:体内ハリー・ポッター。 ナオ:ストーリー性はまったくない。 無限にある酔いのパターン ナオ:あと思ったのが、どうしてもお酒を飲まなきゃいけないような仕事、たとえばホストとか、そういう方はもう必須じゃないですか? パリ:ね。それこそ、うちらも酒場取材の日の前日にちょっと飲みすぎて、今日きついな……みたいなパターンとかありますもんね。 ナオ:本当だ。

016「駄菓子バトル」

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とっくに綱からは落ちている パリ:もう何年も、TV東京の深夜にやってる「音流〜ONRYU〜」という音楽番組のなかの「酒場サーキット」というコーナーに出させてもらってるんです。メインの内容は、BLUE ENCOUNTという人気バンドのボーカルの田邊さんとゲストミュージシャンの方が、酒場で飲みながらトークをするという。で、僕の役割は、冒頭に登場して、おすすめの酒場を紹介する「酒場監修役」みたいな感じで。 ナオ:ほうほう。 パリ:当然、毎回好きな酒場をきちんと選ばせてもらってるんですが、たまにすごく困っちゃうこともあって。たとえば、こないだスタッフさんから求められた条件が、「ゲストの方がそば通なので、そばが美味しい店で、コロナの関係上、個室があるか、貸切ができるか、営業時間外に撮影ができる店で、しかも、ゲストの方がお酒はワインしか飲めないので、ワインのある店でお願いします」っていう。 ナオ:ははは。なんという難しさ。最終ステージ級。 パリ:もう、ボスが放ってくる弾幕がすごいでしょ。どこにも逃げ場ねー! っていう。 ナオ:というか皮肉ではなく、そのゲストのほうがいい店知ってるでしょ! それだけこだわりがあるんですもん。 パリ:はは。それは絶対にそうなんですよ。でも、僕が紹介するという大前提の設定があるので。あ、これは愚痴とか文句ではなくて、誰しも好みや体質なんかがあるから、いろんな条件が出てくるのは当然なんです。できる限り対応したいし。ただただ、自分の無知さが情けない。 ナオ:そうですよね。「知らないよそんなの!」みたいな感じじゃなくて、本当に「知らなくてすみません……」っていう。 パリ:というか我々、酒場の事情なんかに申し訳ないくらい精通してなさすぎるんですよね。たまにありません? 仕事の依頼で、「こういうお店をご紹介いただきたいです」ってリクエストが来るんだけど、その裏に「多くの酒場に精通されているので、もちろんご存知ですよね?」っていう意図が感じられるような。嫌味っぽいとかじゃなくて、純粋にこちらの知識を信頼しきってくれてる方からの。 ナオ:ああ、確かに。酒場ライターとか、酒好きライターみたいに名乗ってるから、向こうはもちろん「いろいろ詳しいんだろうな」と。 パリ:でもほら、謙遜でもなんでもなく、ぜんぜん詳しくないから。 ナオ:そうなんですよ。「どうしよう……」って感

015「ふざけたメニューばかりの店」

会社員あるある パリ:ナオさんの新刊『「それから」の大阪』を読ませてもらったんですけど、すごく良かったです。 ナオ:ありがとうございます! パリ:いわゆるごく普通の、市井の人に話をたくさん聞いてるじゃないですか。屋台や飲み屋のご主人とか。 ナオ:そうですね。取材する先は、けっこうその時々の運まかせで。 パリ:それなのに、どの人の言葉もびっくりするくらい響くんですよね。ジャズが好きでトランペットを始めて、ちんどん屋の存在を知って「魂が震えるのはこっちだ!」と、ちんどん屋の会社まで立ち上げてしまった方の話とか、ずっと聞いてたい。 ナオ:「ちんどん通信社」の林幸治郎さんのお話、すごくおもしろかったです。お話を聞かせてくれた人たちのおかげでできた本でした。別に話題が大阪に関係してなくてもいいというか、どんな人でも、大阪で暮らしてる人に聞けば、最終的には必ず、これまでの大阪とか今の大阪をめぐる話になるなと思いました! 岸政彦さんが監修された『東京の生活史』っていう、ものすごい厚みのある本に参加させてもらったんです。それがすごく勉強になってこういうスタイルになったところもあります。 パリ:なるほど。でも確かに、自分なら「さんたつweb」というサイトで、地元石神井の居酒屋の店主に話を聞くシリーズっていうのをやらせてもらってますけど、やっぱり、全員にストーリーがあって、最終的に石神井らしい話に落ちくつ感じはありました。 ナオ:ね。その場所のことを少しずつ知っていけるような感じで、でも終わりもないんですけどね。 パリ:もとはなんの縁もなくて、そこに流れついてやってきたような人でも、住んでるとだんだんその街に対する想いみたいなものが生まれてくるんでしょうね。空気にもなじんでいくというか。「こばやし」の奥さんがそうだったじゃないですか。 ナオ:そうですね! 西九条にあった立ち飲み屋さんで、お店を切り盛りされていた静江さんという人。もともと新宿の「紀伊国屋書店」に勤めていたんだそうです。 パリ:それがいつしか、大阪の酒飲みたちに愛されまくるようになるという人生。 ナオ:そうそう。梅田の紀伊国屋に転属になり、それでご主人と出会って立ち飲み屋をやることになって。 パリ:その言葉のひとつひとつが沁みるんだよな。しかし不思議だな〜。30年後、自分がブラジルで漁師をやっているようなこともあるのかも。

014「愛とフュージョン」

 Dear My Friend パリ:もうずっと昔から思っている、「J-POP極悪非道だと思う歌詞ベスト3」というのがあるんですよ。 ナオ:極悪非道ですか。どんなだろう。 パリ:「慈悲はないのかよ?」っていう。ひとつめはEvery Little Thingの「Dear My Friend」なんですけど。 ナオ:ヒット曲ですよね。どんなだっけ。 パリ:「いつか最高の自分に 生まれ変われる日が来るよ♪」っていう ナオ:あー! はいはい! パリ:そのポジティブなサビへの導入の部分なんですが、 口紅ぐらいはしたけど 「綺麗になったね」突然 どうしたのかな 冗談だよね マジな顔はあなたに似合わない パリ:っていう。ぜんぜん向き合ってくれないんですよ。 ナオ:ははは。そこからあのサビですか。 パリ:そうそう。 いつか 最高の自分に 生まれ変われる日が来るよ もっと まっすぐな気持ちに 出会えると信じてる Best Of My Friends パリ:少しでいいから向き合ってやれよと。 ナオ:あら! つまりもしかしたら相手には恋心があるのかもしれないのか。 パリ:あ、そうそう。完全にそうなんです。 ナオ:しかし「冗談でしょ?」と。 パリ:冗談じゃないんだよこっちは。 ナオ:そう考えると「いつか最高の自分に 生まれ変われる日が来るよ♪」って、いよいよ謎だ。 パリ:もうね、てきとうなんですよ。 ナオ:はは。なんか急ですもんね。ちなみに今、唐突に思い出したんですけど、一時期、友達と朝まで酒を飲んでは酩酊状態で、その場にいないやつに電話して「いつか最高の自分に 生まれ変われる日が来るよ♪」って、この曲のサビを何度も繰り返し歌うっていうのが仲間うちでブームになった。 パリ:わはは! 流行ったからね。 ナオ:早朝で、相手が電話に出てもすぐ切られる。でも留守電に入れたりして。 パリ:迷惑極まりない。 ナオ:最低の自分でした。 パリ:でもそういう、謎のパワーがあるサビなんですよね。ところが導入部はこうだった。「マジな顔が似合わない」っていうのも失礼千万じゃないですか。ずっとヘラヘラしてろってことか! っていう。 ナオ:確かに。笑ってるばかりのやつだと思われてる。 パリ:そんでこの女きっと、ぽっと出の、大学のサークルで出会った男とくっついたりするんですよ。っていうか後半、もう、言っちゃってるんですよ