009「“じゃないほう”が人生を豊かにする」

カレーもそばも好きなのにあんまり食べない「カレーそば」


パリ:ナオさんの新しい本、『遅く起きた日曜日にいつもの自分じゃないほうを選ぶ』が、発売されましたね。おめでとうございます!

ナオ:ありがとうございます! そう。スタンド・ブックスという出版社から、今年の12月2日に出ました。ただ、「めでたい!」っていう気持ちより「ちゃんと売れるのかな」っていう不安が……。

パリ:それってもう、尾田栄一郎先生くらいにならないとなくならない不安だなと、最近思うようになりました。

ナオ:確かにな。

パリ:いや、尾田先生も不安かも。

ナオ:だからあれか、とりあえず本が出たんだから「おめでとう!」でいいのか。

パリ:そうだそうだ!

ナオ:今の時代に私の書くようなちょっと地味めな本が出るって、相当ありがたいことな気がします。

パリ:いろんなタイプの話が収録されてるけど、やっぱりタイトルにもなってる「いつもの自分じゃないほうを選ぶ」という概念が発見だなと。

ナオ:いつも自分が選びがちなものって、決まってきますよね。なんとなく。それを、あえて“じゃないほう”を選びながら散歩してみるっていう。

パリ:人間、本当に「じゃないほう」を選ばないですよね。

ナオ:そうなんですよ。私は特にそう。保守的なのかも。

パリ:僕で言うと、会社員時代、「小諸そば」にめちゃくちゃ行ってたんですけど、「海老天そば」とか一度も頼んだことなかったな。

ナオ:はは。ちなみにいつもは何を?

パリ:基本「いか天そば」です。

ナオ:それもそもそも「なんでそれに落ち着いたのか?」っていう話ですよね。

パリ:はは。なんでだろう。

ナオ:ある時「これだ! これしかない!」って感動したのかな。

パリ:いや〜、どちらかと言うと、惰性でいか天なんです。間違いないから。

ナオ:なるほどね。

パリ:海老天はなんか、非日常感あるじゃないですか。いくら立ち食いそばといえど。

ナオ:あるある! 海老ってハレの雰囲気がある。それに比べて、いかは身近な感じ。

パリ:いかはもう、米と同じくらい身近。

ナオ:はは。そんなにですか?

パリ:だからこそ、たとえばたまには海老天を注文してみると、いつもと違う楽しさが待っているよと。そういうことに、ナオさんの本を読んで気づかされました。

ナオ:そうなんですよね。っていうかさらには、もっと頼まないものもあるでしょう?

パリ:あるある。

ナオ:たとえばパリッコさん、立ち食いそばで「カレーうどん」とか食べますか? 私はよく食べるんですが。

パリ:食った記憶ないな〜!

ナオ:ほら! ねー! そんな気がした。パリッコさんとは長いつきあいなのに、ぜんぜん違うんだよな。

パリ:カレーうどんって実在します?

ナオ:はは。「そんなものメニューにありますか?」っていう。券売機を見て!

パリ:「汁がワイシャツにはねる」っていう、あれですか?

ナオ:カレーうどんに対する知識、薄いなー。じゃあもう、「カレーそば」なんてさらに食べないでしょ? 私は好きなんですが。

パリ:カレーそば???

ナオ:「???」じゃないですよ。

パリ:はは。

ナオ:いや、あるから。毎日それの人もいるかも。でもカレーうどんに対して、カレーそばはちょっと“じゃないほう”な気がする。

パリ:そもそも僕、カレーがいちばん好きな食べものなんです。なのに、カレーうどんもカレーそばも見たこともない。いや、それは言いすぎか。

ナオ:カレーも好きで、そばも好きなんでしょ? なのにカレーそばを食べない。でもそれぐらい、じゃないほうって目に入らないんですよね。

パリ:ね! 


人間じゃないんだもの


ナオ:私にとっても同じように、パリッコさんが当たり前に食べてるものなのに、「???」ってなるものがあると思う。

パリ:だってさ、こないだデイリーポータルZの記事でやりとりしましたが、「カツカレー」をナオさん、初めて注文して食べたと言ってたじゃないですか。さっきカレーって言ったけど、正確にはカツカレーこそ僕のいちばん好きな食べものですから。

ナオ:そう。カツカレーって私のこれまでの人生にほとんど登場してこなくて。本当にこれは、パリッコさんにとっては「私はバカです」と言ってるようなことだとわかっているんですが、カレーがそもそも、“じゃない”のよ。

パリ:わはは!

ナオ:ごめんよ! もちろん私にとってはっていうことですよ。

パリ:カレー! 美味しい!

ナオ:はは「カレー! 美味しい!」ってこの上なく素朴な言葉だな。

パリ:でもまぁだって、僕にとって「ラーメン」がじゃないわけですからね。歳を追うごとにだんだん好きになってきたという意味では、僕にとっては「ナス」や「しいたけ」と同じジャンル。

ナオ:はは。おもしろい。パリッコさんのなかではラーメンとナスが同じ引き出しなんだ。でも、本当にそういうものだと思うんです。ある人にとっては当たり前のものが、また別の人にはめったに選ばないものだっていうさ。

パリ:じゃないほうじゃんけんとか、おもしろそうじゃないですか? たとえば「じゃないほうじゃんけん、野菜!」。

ナオ:えーと「かぼちゃ」!

パリ:意外と「レタス」!

ナオ:そうなんだ。

パリ:かぼちゃはけっこう好きなんですよ。しょっぱく味つけるとうまい。レタスは、キャベツとか白菜に優先度で劣るというか。

ナオ:えー! レタスって、なんか、サラダでもいいし、そのままラーメンに入れたりしてもいいでしょう。チャーハンにもいいね。どう使ってもいいっていう。

パリ:レタス、鍋に入れるとか火を通すと最高にうまいことにかなり最近きづいたくらいで。かぼちゃは天ぷらにして天つゆで食べるとか、にんにく醤油炒めとか。

ナオ:うわー。たしかにそれは美味しそうだけど、あ、たとえばどうですか。鍋ってしますか? 私は大好きなんですが。

パリ:鍋は好きです。

ナオ:よかった。どんな鍋をよくしますか?

パリ:あのね。これはいろいろで、家族の好みもあるから。僕は「水炊き」でいいんです。豚肉をゆでてめんつゆで食べるのが最高にうまいと思ってるから。

ナオ:うんうん。普通に水炊きね。

パリ:けど、そればっかだと家族も飽きるから、鍋の素とかいろいろ買ったりするんです。あと、意外と鍋にかぼちゃを入れるのももうまい。ただ、自分がいちばん好きなのは、水炊きっていうかもう、薄切りの豚肉と、長ねぎ、豆腐、昆布だけの、いわゆる湯豆腐鍋なのかな。

ナオ:なるほど、いたってシンプルというか。でも、すでにここに私にとっての“じゃなさ”があります!

パリ:え! そうですか? 

ナオ:白菜はいらないんですか?

パリ:白菜は好きだけど、なくてもいいかな。

ナオ:うおー!

パリ:長ねぎは?

ナオ:長ねぎは好きだけど、なくてもいいかな。

パリ:うおー!

ナオ:ははは。うおーWAR。

パリ:豆腐は?

ナオ:豆腐は欲しいな。

パリ:ね。

ナオ:私が「鍋食べたいな」と思うとき、それはほとんど「くたくたの白菜食べたいな」とイコールなんですよね。つまりもう我々の「鍋」のイメージがそもそも異なってる。

パリ:お互いが「じゃない鍋」を食べてる。

ナオ:きのこ類は?

パリ:ひとつは入れたいけど、こだわりはあまりないすね。無難にしめじを選びがち。

ナオ:うんうん。舞茸はどうですか? ひょっとして、なくてもいいのでは?

パリ:舞茸は天ぷらかバター醤油炒めで食べたい派です。鍋にはなくてもいい。

ナオ:すごいな。人間ってやっぱり、じゃないんだわ。

パリ:じゃないですね。

ナオ:「人間じゃないんだもの みつを」ですよ。

パリ:わはは! いやいや大丈夫だよ。自信持てみつを! 人間ではあるよ!

ナオ:自信のないみつを、面白いですね。励まされるんじゃなくて励ましたくなる。


サックサクのカツをカレーで濡らす


ナオ:でも、まさにその“じゃないほう”になにか良さがあるのでは? という。パリッコさんの鍋もそれはそれで美味しいのかもなっていう。そう考えることの先におもしろみが見つかるんじゃないかと。

パリ:そうそう。っていうか、じゃない鍋も美味しくないわけがないんですよね。けっきょく「鍋美味しかったな〜」っていう。じゃなくもない結果が待っているはず。

ナオ:だからあれだな。たとえばすべてをパリッコさんに決めてもらうのもいいかも。「今、こんな街に来てて、お腹空いてるんですけど、目の前にこんな店があるんですが。どっち選びますか?」ってLINEして。

パリ:はは。いいですね。

ナオ:自分の脳をそっくり明け渡す日。

パリ:「今、なにが見えますか?」っていう。VRゴーグルでその視界共有したい。

ナオ:「カレー屋に入りなさい、そしてカツカレーの大盛りを注文しなさい」。その先に自分の知らない世界が見えてくる。

パリ:ね! ……って、そういえばこないだ、林修先生の「日曜日の初耳学」っていうTV番組で、カツカレーが「1+1が絶対2にならない料理」と言われていたっていうニュース記事が話題になってて。

ナオ:え、どういうこと? 3以上になるっていうことですか。

パリ:はは。違います! 1.5にしかならないと。「美味しいとんかつもカレーもそのまま食べるべき」みたいな。

ナオ:はは。そういうことか。

パリ:確かにわかるんです。記事を読んだ人のコメントも「よくぞ言ってくれた!」みたいなのが多くて。それを今思い出して、最近なにかと「 カツカレー! カツカレー!」って言ってるうちら、バカみたいだなって、ふと思いました。

ナオ:はは。っていうか、サックサクのカツをカレーで濡らすっていうさ。「コロッケそば」とかもそうかもしれないけど、衣を濡らすのって、かなり“じゃない行為”ですよね。

パリ:確かに。カツ丼もそう。せっかく揚げたとんかつをいきなり卵でとじるって、じゃなすぎる。「いやいやいや!」っていう。

ナオ:ははは。がんばってサックサクにしておいて、しめらす!

ナオ:ふわふわの豆腐をあえて揚げて厚揚げにするのも“じゃない行為”な気がするし。

パリ:よく考えたら、いか天そばをはじめとした天ぷらそば全般もそうですよね。世の中にはじゃないがあふれてる。

ナオ:そうそう。意外とみんなそんなものを好きなのかも。


あげぬら会


ナオ:さっそく本を読んでくれた人が、「通勤の時に、いつも歩く道の反対側を歩いてみました」みたいなことをTwitterに書いてくれて嬉しかったんですが、そういう小さな“じゃない”でもよくて。いつもの自分から脱線してみるだけで「あ、こんな店あったんだ」とか、そういうことが待っているかもしれない! っていうことが言いたかったんです。

パリ:最近すごく思うのが、練馬区の石神井という街に住んで十数年。もうほとんどの酒場には行きつくしたんじゃないかという気になったこともあるんだけど、そういえば駅の目の前にある「受楽」という、超老舗の中華屋にもまだ行ったことがないことに気づいて。“じゃない”は無限だなと。

ナオ:本当にそうですね。自分が選んだもののほうが圧倒的に少ないんですもんね。99%は「じゃない世界」。

パリ:ほんとそう! それに気づくと、可能性が100倍くらいに広がるとも言える。

ナオ:そう。そこにまた新しい自分の定番が見つかるかもしれないですから。

パリ:だよな〜。っていうか、自分の定番、そうやってふり返ってみると、つまんねー!

ナオ:ははは。そう思ってしまいますよね。

パリ:またそれ? っていう。

ナオ:こんなに選び放題なのに。

パリ:いか天ばっかじゃなくて、順番にひとつずつ食べていってもいいのに。「からあげそば」とか、食べます?

ナオ:うわー。食べたことない

パリ:確か小諸にあった気がする。

ナオ:それも揚げ濡らしですね。

パリ:はは。揚げ濡らし。

ナオ:妖怪「揚げ濡らし」。

パリ:夜中、冷蔵庫にある食材を揚げては、つゆなどに浸しておく妖怪。

ナオ:ははは。マメなやつ!

パリ:助かるっていう。

ナオ:「勝手にこんなことして! いやだなー、もう! ……ん? うまい!」という、そんな人々の笑顔を見るのが好きな妖怪。

パリ:家主が揚げて濡らすことの良さを覚えると家から去っていく。

ナオ:次の「じゃない家」を探してね。

パリ:「揚げ濡らりひょん」と名づけてもいいかもしれない。

ナオ:「ヒヒヒ! 人間ども、意外に美味しくてびっくりするぞうー」

パリ:「ヒヒヒ! 人間ども」って悪そうに言ってるわりに良い行いしかしてない。

ナオ:愛すべき妖怪ですよ。揚げたものを濡らす会を開催してみたくなってきます。

パリ:やりましょうよ!「あげぬら会」。

ナオ:語感が怖いなー!


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