003「はじめの一杯」
ボクシングと酒は似てる?
パリ:ナオさん、『はじめの一歩』って漫画、読んだことあります?
ナオ:あったかな? いや、ないです。ボクシングの漫画だというのはわかるし、絵柄も思い浮かぶのですが。
パリ:そう、有名なボクシング漫画。なんか、アプリで「〇〇巻まで無料で読めます!」みたいのあるじゃないですか。違法なものじゃなく。
ナオ:ありますよね、「この先も読みたければ有料になりますよ」というような。
パリ:それで最近、何気なく読みはじめたんですよ。もう30年以上連載してるらしくて、まだ序盤も序盤なんですが、あまりにおもしろくて夢中になっちゃって。やっぱ名作はすごい。
ナオ:あれ、ひょっとして連載はまだ続いているんですか?
パリ:はい。単行本、今130巻以上になってるらしいです。
ナオ:えー! それはすごい。どういう時間軸で進んでいくんだろう。最新刊では主人公の孫が活躍しているとか?
パリ:ははは。や、詳しくはしらないけど、普通に作中の流れがめちゃくちゃ遅いっぽいですね。
ナオ:じゃあずっと主人公が戦い続けてるんですかね。
パリ:きっと。で、読んでて気づいたことがあるんです。それは、ボクシングと酒って似てるぞという。
ナオ:ほほう。なるほどね……いや、似てますかね?
パリ:まぁ聞いてください。まず、酒ってほら、ダウンあるじゃないですか? 記憶無くしたり、寝落ちしたり。
ナオ:はは。ダウンしますね。すぐにします。というか勝てた経験がないですよ。
パリ:主人公の一歩くん、もともといじめられっ子なんだけど、家の手伝いなんかで知らず知らずに鍛えられていた隠れた才能があり、パンチにものすごいパワーがあるんですよね。僕もボクシングを詳しくないので新鮮だったんですけど、たとえば一歩くんのアッパーカット、きれいに入ったらほとんど誰もが一発でダウンしちゃうような威力なんです。それで試合が決まっちゃう。そういう世界らしくて。
ナオ:一発がありえると。
パリ:はい。それ読んでたら、なんか既視感あるなっていうか、「あ、これ、昔江古田の『あぶさん』のめちゃくちゃナカミの濃いホッピーセットでダウンさせられたあの感じだ!」って。
ナオ:ははは。つまりなに、パリッコさんはその一歩くんにパンチをくらってダウンするという、そっち目線なんですね。
パリ:そうです。つまり一歩が店。一歩は、利き腕じゃない左のジャブすらすさまじい威力なんですね。「この感じ、大衆酒場であったな〜」とか。1杯目のレモンサワーからすごいっていう。
ナオ:たしかに、気楽に注文した1杯目で相当に酔ってしまうようなことはありますよね。
パリ:様子見のつもりが。
ナオ:私なんかもう、ここ最近特に弱いので、1ラウンド早々にもう足元がふらついている。
パリ:はは。ね!? ボクシングと酒の共通点。
ナオ:そういうことかー。
パリ:と思うと、コンディションによっては、誰が見ても格下なボクサーが格上のボクサーを倒しちゃったりもする。あの、本当にたまにですけど、無性に体調良くて、「今日全然酔わないな〜!」みたいな日、あるじゃないですか。「あ! あれもボクシングだったのか!」と。
ナオ:酒ってボクシングだったのかー。まあ確かに「今日はなんだか調子いいぞ」っていうときはありますね。
パリ:ね。コンディション良くて「今日は誰にも負ける気がしない!」って、心のなかでファイティングポーズとってる日。
ナオ:かといって、油断していたらいいパンチをもらっていきなりダウンもあり得るってことでしょう?
パリ:そうなんすよ。「え? 今日、まさかのここで終わり?」みたいな。ボクサーにもいろんなタイプがいて、KO狙いでなく、判定でポイント稼いで勝ちにくるやつもいて、いわば、日高屋の薄めのホッピーセットですよね。
ナオ:ははは。じわじわと当ててくるような、しぶとく狡猾なタイプのね。
パリ:そうなんすよ。そいつに負ける日もある。「こんなパンチいくらもらっても余裕だろ……え?」っていう。
ナオ:日高屋は狡猾な敵だったのか。
パリ:そうかと思えば、審判の目を盗んで足を踏んでくる奴もいる。
ナオ:えーと、それはつまり……酒で言うとどういうことですか?
パリ:はは。すべて酒でたとえるの難しいですけど、強いて言えばなんだろう?
ナオ:「よかったらお味見いかがですか?」みたいに日本酒をちょっとおすそわけしてくれる店?
パリ:わはは!
ナオ:優しい人っぽいけど、敵なの? クリンチばっかりしてくる相手は酒でいうとなんでしょうか。
パリ:あ、クリンチ野郎もいるんす。クリンチは、なんだろう、こっちのペースを乱してくるような。なんだかここ、酒が出てくるの遅い店だな〜と思って、それを見越してまだけっこう残ってるのにもう一杯頼んだら、急に来る店、みたいな?
ナオ:ははは。ちょっとわからなすぎて面白い。だってそもそも「そのペースを見越して早めに頼んだら」って、パンチもらいにいってるんだもん。勝ちたいのか負けたいのかわからない。
パリ:「早め早めにパンチもらっとこ」ですもんね。
ナオ:そう考えたら居酒屋で酒を注文することがつまり「パンチくれ!」ってことなのか。
パリ:この場合、客、つまり自分にとっては何がパンチなんだろう。飲むのがパンチ?
ナオ:と、なりますかね。店に対するパンチ。
但馬屋の生ビールは麻酔
パリ:ところで、一歩がある試合で右手をボロボロに壊してしまうんですよ。
ナオ:あら、それは危機ですね。
パリ:だから、次の大きな試合は残念だけど、ボクサー生命を守るために見送ろうと。
ナオ:左も強いけど、とはいえ、まあそうなるか。
パリ:そりゃあそう。だけど、そこで戦う予定だった選手とあらかじめ出会ってしまうんですが、その相手がものすごい好漢で、かつ自分と似たタイプの、パワータイプのボクサーなんです。
ナオ:へー!
パリ:「どうしても戦ってみたい!」と、無理を押し切って、完全には治ってないけど、やっぱり参加する決意を固めるわけです。それで試合直前に、なんと拳に麻酔を打って試合に望むんですよ。麻痺させる。後々のことはどうなってもいいっていう。
ナオ:なんと。もうボクサー生命をそこで捨ててしまうかもしれない判断でしょう。
パリ:もう痛々しくて読んでてられないくらい。でもかっこいいんです。で、そこで思ったのが、たとえば僕が関西に飲みに行くとき、2泊するとして、2日目、3日目はどんどん酒が残ってぐだぐだになるじゃないですか、体調的に。
ナオ:なりますね。だいたい初日で体力使いはたす。
パリ:ですよね。連日昼間っからハシゴ酒だし。
ナオ:「こんなはずじゃなかった」って、いつも思う。
パリ:でしょ。だけど「どうしても戦いたい相手がいる!」つって、朝の9時に天満の但馬屋で生ビール飲んで、「よし、戦える!」って。毎度じゃないですか。迎え酒。「あれって完全に、一歩の麻酔じゃん!」って思って。
ナオ:ははは。重なって見えたんだ! 一歩の麻酔と但馬屋の生ビールが!?
パリ:そう思えてしまって……。
ナオ:その場面を読んでいながら酒のことを考えられるっていうのが最高です。
パリ:はは。全ボクシング関係者大激怒。
ナオ:でもまあ、たとえばですよ。最近はできないですが、コロナ以前だと、取材で2軒、3軒と飲食店を巡らなきゃいけないことってありましたよね。
パリ:はいはい。
ナオ:で、どの店でもおすすめの料理とお酒を飲んで食べたいじゃないですか。あとのことを考えてひと口だけ食べて残すみたいなのができなくて。
パリ:できないできない。
ナオ:そうなると途中から「待てよ、これ……最後までいけるか?!」みたいな、まさに戦いのようになってくる。お店の方には失礼な話なんですが。
パリ:わかります! ボクサーの減量とは逆の苦労……と言うとまた怒られそうだけど。
ナオ:3軒目のおすすめの料理が満腹で食べられないっていうのは避けないといけないし、取材できないほど酔ってはいけないじゃないですか。それってもう、戦いですよね。
パリ:「なんとか勝ちぬきたい!」っていう。
ナオ:ちゃんとしっかり飲み食いして自分なりにあとで感想を書かなきゃと思うと、けっこうプレッシャーなんですよね。
パリ:3戦目とか、もうぜんぜん万全の状態じゃないですもんね。
ナオ:ね。そうそう!
パリ:パンチもらいすぎてグロッキー状態。
ナオ:「だが、倒れるわけにはいかない!」
パリ:ははは。
ナオ:そう考えた結果、一歩の気持ちわかってきました。
パリ:嬉しいです。毎度毎度、ふざけるのもいい加減にしろっていう話してますが。
主人公が全員酔ってる漫画雑誌
パリ:いやでも、本当おもしろいっすよ『はじめの一歩』。登場人物みんなちゃんと行動理念があって、悪役っぽいやつもかっこいい。そこは酒飲みとは違いますね。当たり前か。
ナオ:そいつなりのスタイルとかポリシーがあって、人間同士のぶつかり合いでもあるわけですね。そういう漫画、読み出したら止まらないですよね。
パリ:作者の先生いわく、登場人物全員が主人公らしいです。大衆酒場に行くと、逆に全員が脇役って感じしますもんね。強いて言えば、たまに飲みすぎてぶったおれてしまうジイさんが主役。
ナオ:そしてそんな常連のジイさんにも敬意をもって接する店主の戦いっていう。
パリ:はは、ボクシングだったのかあれは。
ナオ:いい店にはいいボクサーがたくさんいる印象。
パリ:ひと知れずせめぎあってて。
ナオ:パリッコさんを主人公にした酒漫画があったら読みたいなー。
パリ:『はじめの一杯』
ナオ:ははは。『はじめの一歩』と『はじめの一杯』の落差、デカすぎる! まさか酒を通じた主人公の成長を描く漫画ですか?
パリ:そりゃあもう!
ナオ:「はじめの1杯にチューハイってのも、たまにはありだよなぁー!!(つづく)」っていう。
パリ:はは。(つづく)に腹立ったの初めてだ。でも、いろんなライバル酒飲みが出てくるのはおもしろそうですね。
ナオ:ああ、そっちの路線のほうがいいですよ。それこそ、いぶし銀の常連に「まだまだ飲みかたが若いな」と諭されるようなさ。
パリ:「今日のはじめの1杯は……よし、カシスウーロン!」
ナオ:ははは。どれだけ意外な1杯目で始められるかという。レゲエパンチとか。
パリ:舞台が大衆酒場だとなんでもおもしろい。「大将、テキーラとライムね!」。
ナオ:大将が一枚板のカウンターにショットグラスをトンッ。
パリ:ものすごく読みたくなってきた。
ナオ:たとえば、悪酔いしないように1杯目をウーロン茶にするとか、そんなのはかなりバトルの戦術っぽくないですか?
パリ:確かに。
ナオ:「ん? こいつ、やるな」と大将が思うかも。
パリ:毎度漫画の妄想の話になりますが、一歩、いや、一杯は大将ということにして、頼まれればなんでも出せる店にするといろいろストーリーが広がりそうです。
ナオ:個性豊かな各国の珍客が大将を攻めてくるんだ。
パリ:一緒に来た同僚が、「レゲエパンチ? こんなシケた店にあるかよ!」って言ってる横で、大将が静かにトンッ、っていう。「故郷のヤギの乳酒がどうしても飲みたくて」っていう客もいそうだ。
ナオ:ははは。なんで乳酒飲みたい人がこの店に来るんだ。故郷に帰省しなさいよ。
パリ:そこはなんか事情を考えましょうよ。それをでも、大将はコンビニにある食材で再現しちゃう。焼酎の牛乳割りに、なんらかを足して。
ナオ:うわー! すごいな大将。大将が急に出ていったと思ったらコンビニ袋ぶらさげて帰ってきて「はあ? 俺が頼んだのはヤギの乳なんだが」と客が言う。
パリ:うんうん。
ナオ:「少々お待ちください」と静かに言って、牛乳に、白菜浅漬けの汁をつーっと垂らす。
パリ:ははは! 「こ、これは…!」ってね。もしもその情報が嘘でも許してもらえるならいくらでも続けられる漫画。
ナオ:そうですね。そんな漫画があってもいい気がしますよ。いろいろありすぎる世の中の息抜きにさ。
パリ:『はじめの一杯』や、前回の『健太のぬくもり』。そんな漫画ばっかり載ってる漫画雑誌があったら読みたいですね。そういえば前に出してもらった『酒の穴』という対談集に、『酒場のキャプテン翼』って話も出てきましたよね。
ナオ:そうでした。あの主人公もしょうもなかった。酒漫画に出てくる奴らはしょうもないんですよ。
パリ:ほんとですね。誰にも頼まれないことをやってる。
ナオ:そもそも酔っているからダメ。
パリ: いつか10個くらいたまったら、架空の漫画雑誌に仕立てあげたいですよ。主人公が全員酔ってる漫画雑誌。
ナオ:いいですね!『少年ドランク』ね。
パリ:わはは! それだ。しかも少年誌っていう。
ナオ:発売日の翌日に「あれ読んだ?」と学校で話題になるような雑誌を目指したい。
パリ:「読んだ読んだ。やばいよね! 絶対あんな大人になりたくないよね!」って。
はじめの一杯、わりとレモンハートが近い感じがします。
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