010「作務衣は最強のタイムスリップ着」
居酒屋神、太田和彦先生とついに
パリ:昨年の12月のことなんですが、ついに憧れの太田和彦先生とお会いする機会がありまして。
ナオ:対談トークイベントをやられてましたよね。どういう経緯だったんでしょうか?
パリ:昨年、僕がある新聞の書評のお仕事を頼まれて、テーマが“酒の本”だったので、3冊のうちの1冊に、太田先生の『70歳、これからは湯豆腐――私の方丈記』を選ばせてもらったんです。そしたら、その本の担当編集さんがそれを知ってすごく喜んでくれたらしく、本が4刷りになった記念のトークイベントのゲストに、なんと僕を指名してくれたという。
ナオ:すごい! 点と点が線になったみたいな。
パリ:そもそも僕がなぜ太田先生をそんなに尊敬してるかっていう話を、軽くさせてもらっていいですか?
ナオ:もちろんです。
パリ:太田先生は、80年代後半のバブル絶頂のころ、資生堂のデザイナーをされていたんですが、当時「くたびれたおっさんの行くとこでしょ?」って感じで、誰も見向きもしなかった「居酒屋」の良さに気づいて研究しだした、今の酒場ブームの礎を作ったような人なんですよね。著書や酒場放浪番組の映像も、膨大な量がある。で、僕らが酒を飲んで酔っぱらって騒ぐだけの楽しさから、「酒場っておもしろいんじゃないの?」と、なんとなく気づきはじめたのって、20代の終わりころくらいじゃないですか?
ナオ:うんうん。30代に入ってからだったかもなー。
パリ:ね。雑誌の情報を見たりして、名酒場と言われる店に通えば通うほど、「酒場の魅力って、味とか値段だけじゃなくて、それ以外の大きな要素がなにかあるっぽいぞ」って。そんなときに偶然出会った太田先生の「ニッポン居酒屋放浪記 立志編」という本のなかで、静岡で飲み歩きをする回があるんですよ。
ナオ:ほほう。
パリ:ところが2日目に「今日も飲むぞ〜!」と入った1軒めが、ものすごい高飛車な店主の店だったんですね。終始不機嫌で、「そんなことも知らないのか?」みたいな態度の。
ナオ:旅先の1軒めでそれはテンション下がりますね。
パリ:そこでの会話もすごいんです。「生シラスありますか」「あるよ」「釜揚げしらすはあります?」「ない! ああいうもの食べたかったらスーパー行って買って食べな」って。
ナオ:こわい!
パリ:そこに揃えてあった酒は確かにうまいものだったけど、「少しも楽しくない」と、「偉いのは酒だろ!」と、珍しく憤慨されて。その話を読み進めていくうちに、あれ? なんか重要なことが書いてある気がする……って思いはじめて。
ナオ:うんうん。
パリ:で、幸いその後はいい店が続き、だんだんと気持ちもほぐれていくんですけど、品のいいご婦人ふたりが切り盛りする「たかつか」という店での会話がさっきと対照的で。「ね、豆ごはん食べる。今年の初豆ごはん、今炊いたの。おいしそうよ」「すみません、釜揚げシラスありますか。ゴハンにのせて食べたいんだけど……」「はい、いいですよー。お茶入れましょう。ちょうど新茶だし」っていう。
ナオ:1軒めとのギャップがすごいですね。
パリ:そこで太田先生が「私は不意に胸をつかれ泣きたくなった」と書かれているんですが、それを読んで僕は「今求めてる答えがここに書いてあった!」と衝撃を受けたんですよね。長くなりましたが、それ以来ずっと熱心に、著書や映像を追っていると。
ナオ:パリッコさんにとって、酒場の魅力を教えてくれたそもそもの人というわけだ。
パリ:そう。もう僕からしたら神の域の人なわけです。なので、そりゃあもう緊張して!
ナオ:緊張しますねー。何かの拍子に嫌われたりしたらショックですよ。
パリ:その恐怖ね! だって、日本酒にすごい詳しいんですよ。銘柄ごとの味の方向性が、基本200種は頭に入ってると言われてるのも読んだことあって。僕はちなみに、0種なんです。まったくわかってない。
ナオ:はは。僕も0ですね。日本酒の銘柄って読みかたもわかんない。難しい字が多いでしょう。
パリ:読めないから恥かくのがこわくて注文もできない。
ナオ:そうそう。飲みたいやつじゃなくて、読めるやつを選んでしまう。
大緊張で臨んだイベントは……
パリ:会場が浅草の「Readin' Writin' BOOKSTORE」という本屋さんで、当日は、銀座線田原町駅1番出口を外に出たところに編集さんと3人で待ち合わせをし、編集さんが案内してくれることになってたんです。僕は時間より10分くらい前につき、そこにつっ立ってていいのかどうなのかも緊張でわからなくなって、そのへんをうろうろしてて。
ナオ:少し早め行動でね。
パリ:そんで、少しうろうろして戻るってことをくり返してたら、太田先生がTVのままにいらしてて、コートのポケットに手をつっこんで、なんと「ふむふむ……」って感じで、道路脇にある地図を見てるんですよ!
ナオ:おお! なんでだろう?
パリ:わかんない。でも、「うわー!」って。
ナオ:ははは。「地図みてるー!」って。
パリ:「へ〜、このあたりはこうなってたのか。おもしろいな」って、頭のなかで勝手にナレーションが入る。
ナオ:「近くにゆうちょのATMないかなー」とかではないのか。
パリ:はは。ないはず。それで勇気を出してお声がけしたら「どうも、太田です」って、TVのまますぎる!
ナオ:「どうも、太田です。今日は静岡にやってきました」と一緒。
パリ:そうそう。「本の帯を書かせていただきまして、どうもありがとう」って、ものすごく紳士。ただ、もちろんすぐに会話につまるわけじゃないですか。
ナオ:まあ、そうですね。早く編集者が現れてほしい。
パリ:ところで、その辺をうろうろしていたときに見つけたこんな看板があって、待ち合わせ場所からも見えるんです。
パリ:で、「あ、え〜と、太田先生、あそこのお店、今だけハイボールが1杯25円だそうですよ」って口走ってしまったら、「25円……へぇ〜」って。興味あるわけなかった!
ナオ:ははは。
パリ:初手から話題を間違えた。
ナオ:いやでも、すぐに「え! こんど行ってみよう!」ってならなかっただけで、頭のどこかに「ふむ。25円ねぇ」とストックされた可能性も。
パリ:はは。「電車代を差し引いても、5杯飲めば……なるほど」って。
ナオ:そうそう。
パリ:いやいや、そんなわけないんですよ! トークが始まっても、終始穏やかで優しいんですが、最初に太田先生が好きだという日本酒のふるまいがあったんですね。我々に加え、お客さん全員にも1杯ずつ。「まず口に含み、舌の上、そのあと舌の両側でくるくると回すように、よ〜く味わってみてください」って言われて、そのとおりにやってみたら、確かにすごく美味しかったんです。それで僕、バカみたいにすぐ「わ〜! ほんとっすね! うまみがすごく感じられて〜!」って言ったら、一言「感想が早い!」って
ナオ:はは。言われてましたね。
パリ:ピシャリと。第2のミス。
ナオ:かなり長い時間、口に含んでゆっくり味わうんだと。
パリ:そうそう。でもそれも、太田先生なりのサービスというか優しさで、続けて「僕なんかね、TVの収録で1分も2分も黙ってるから、しょっちゅうディレクターに背中つつかれてるよ」って。会場と僕を和ませてくれたというか。で、もうそっからは、あんま記憶ないんですよね。
ナオ:はは。そうだったんですね。打ち解けた雰囲気でしたよ。
パリ:序盤である意味、「もうい〜やどうなったって!」という気持ちになれて、そのおかげだったのかもしれません。
ナオ:1回ツッコミがあって楽になったと。
パリ:ちなみにイベント終了後。実は事前に太田先生直々に、「時間が許せば軽く飲みに行きましょう」とご提案いただいてたんです。ただ、近辺で太田先生の好きな酒場が3軒あり、そこに編集さんが電話を入れたら、あいにくどこも満席で。そしたら「じゃあまた今度にしましょう」って、すっと帰っていかれました。この潔さ!
ナオ:帰ってしまったんですか!
パリ:とても「あ、じゃあさっきの25円の店、どうすか!?」とは言えない。
ナオ:ははは。「じゃあまた今度にしましょう」のあと、まさかおひとりで……?
パリ:わはは! 周囲を2、3周したのちにね。で、「しまった、25円なのは19時までか……」って。
ナオ:「やっぱり帰ろう」
パリ:編集さんに「あの会場よかったねぇ。今度またイベントやろうか?」。
ナオ:18時には終了するイベントを。
パリ:「次回は昼帯がいいかもねぇ」
ナオ:25円居酒屋が軸になって決まっていくという。
パリ:わはは! ……って、絶対見ないと思うけど、あまり言ってると怒られそうなので。とにかく最初から最後まで、すごく紳士的で優しく、TVや著書のままの太田先生だったんですが、さすがに緊張の糸が切れたんでしょうね。次の日、体調を崩したわけでもないのにやたら眠くて、半日ふとんから起き上がれませんでした。とさ。
ナオ:思っている以上に神経が張り詰めていたんでしょうね。いやー、すごい体験だ。
タイムスリップ先での諸問題
パリ:それはそうと、こんだけ話題にしちゃったからには、いずれ25円の店には行ってみたいですね。
ナオ:たしかに。そもそも25円ってなんなんだ。どこから来た数字なんだろう。
パリ:99円とかならわかるんだけどな。
ナオ:4つ頼んで100円にしたくなりますよね。
パリ:うんうん。
ナオ:回転寿司の「くら寿司」に行くと、皿をガチャンと入れるところが脇にあって、5回に1回くじ引きが引ける。あれを目指して無理してしまうんです。
パリ:はは。聞いたことあります。わかる。
ナオ:4皿でおなかいっぱいだたっとしても、もう1皿食べればくじが引けるわけ。
パリ:何が出るんですか?
ナオ:なんかその時々で「鬼滅の刃」のバッジとか。まあ子ども向けのものですね。
パリ:なにも出ない時もあるんですか?
ナオ:あります。
パリ:ええ! それはむなしいな〜。
ナオ:テーブル脇のモニターに「あたり」か「はずれ」が表示される。
パリ:頑張って5皿ほおばってそれは。
ナオ:ははは。そうですね。あくまでくじ引きの権利が得られるだけ。
パリ:そもそも回転寿司って、ついよくばって1、2皿多く食っちゃいがちなシステムですよね。そこをうまく利用してるんだ。
ナオ:と言いつつ自分は、寿司ってぜんぜん食べられなくて。もう、3皿でいいかな。
パリ:はは、相変わらず。それもう、街の寿司屋のランチにぎり持てあますレベルですもんね。
ナオ:ああ、持てあましそう。だってあれ、ごはんだけ集めたら茶碗2杯か3杯分はないですか?
パリ:そんなにあるかな?
ナオ:え、そもそも私の茶碗が小さい?
パリ:まさか、横にアニメの絵とかは描いてないですよね?
ナオ:ロボコンの絵とか描いてあるやつね。
パリ:「壊れないからずっと使い続けてただけなんだけど…」
ナオ:でもあのサイズの茶碗かも。まさに茶を飲むのに最適かのような。若いころの食欲に戻りたいなー。
パリ:都合よく胃腸部位だけタイムスリップ。
ナオ:あ、そうだ。前にふと想像して自分でおもしろかったんですが、タイムスリップをして過去に行ってみたいな、とか、誰しも想像したことあると思うんですけど。
パリ:ええと、自分が今の頭脳で若いころに戻るんじゃなく、過去の時代に行く?
ナオ:そうそう、過去の時代ね。
パリ:はいはい。「江戸時代いってみたいな〜」とか。
ナオ:でね、本当にそれが現実になるとしたら、パリッコさんは半袖で冬に行っちゃいそうだなと思って。
パリ:はは。現地が寒いかどうかとか考えず。こっちが夏だから。
ナオ:スリップ先の気温を考えてない。
パリ:確かに気温は考えてなかった。
ナオ:ですよね。だからタイムスリップする時は、ロンTと、一応パーカーも持っておいたほうがいい。
パリ:服装は考えるじゃないですか。それこそ、「江戸時代なら着物で行ったほうがいいよな…」くらいは。
ナオ:あ、そうか。江戸時代であればパーカーはかなり奇抜。
パリ:見世物ですよ。
ナオ:どてらならありかな。
パリ:ありですね。で、ベースは作務衣でいいのかも?
ナオ:ははは。作務衣ね! 最高かも。
パリ:手に入りやすいし、作務衣なら何時代でもいいですね。
ナオ:夏〜秋くらいまでいけるし、江戸でも昭和でもいける。
パリ:未来でもいけそう。
ナオ:はは。「その服、いかすじゃん!」みたいな。
パリ:「なるほど。あえて?」って。
ナオ:プシューって煙が出てる中から、腕組みして作務衣を着たパリッコさんが現れるっていう。
パリ:はは。
ナオ:「え!? なんかすごい人なのかな?」
パリ:「……このへんに、どっか酒飲める店ないっすか?」
ナオ:はは。「なーんだ。ただの酒飲みか」。
パリ:「帰ろ帰ろ」って。しかし、作務衣にどてら、タイムスリップ着としては最強なんじゃないですか?
ナオ:それが結論ですね。夏だったらどてらは小脇に抱えておくと。野宿するときの掛布団にもなる。
パリ:そうそう。ごろ寝の布団がわりにできるし。
ナオ:そうそう。
ナオ:「そうそう」じゃねえっていう。
パリ:はは。
ナオ:タイムスリップまでしておいて、ごろ寝する前提。
パリ:お寺の軒下で。
ナオ:あと、それこそ太田さんが通いだしたころの大衆酒場とかも見てみたいじゃないですか? ただ、今と比べると衛生面への意識とかだいぶ違うんだろうなーって。
パリ:でしょうね〜。
ナオ:荒々しいでしょうきっと。
パリ:戦後なんかさらにすごいですもんね、絶対。
ナオ:だってそもそも、焼酎のくさみを消すためになんか混ぜたとか言いますもんね。
パリ:そうか。ないもんな〜、今の焼酎に、くさみ。
ナオ:そうそう。甲類焼酎の味なんか、すごくクリアですもん。
パリ:本場の焼酎のくさみ味わってみたいですね。現代に帰ってきたら物足りなくなっちゃって。
ナオ:ね! だから我々軟弱酒飲みは、過去の時代でお腹を壊すことも一応考えておいたほうがいいので、腹巻きとビオフェルミンも必携。
パリ:はは、そうか。作務衣の下に腹巻して、いろいろ仕込んでおかなければですね。つーかさ、そもそもどの時代に行っても金がなくないですか?
ナオ:あ、そうか。その時代のお金を持ってないわけだ。なんか一芸があるといいんでしょうけどねー。時代の変化に関係ない、鳥の鳴きまねとか。
パリ:はは。金、もらえるかな?
ナオ:作務衣を着た人が急に「ホーホケキョ!」。で、「さあ、いくらか下さい!」。あ、パリッコさんだったら絵が描けるから。
パリ:急に描いて金もらえるレベルではないなー。だから、ちょっとずるして、未来の技術を使っちゃうのはどうです? 昭和の時代、学校の前でビックリマンシールを売ってたおじさんとかいたじゃないですか。あんな感じで、なにか珍しいものを売るとか。
ナオ:なるほどね。
パリ:ていうかもう、ビックリマンシール売ればよくね? キラキラしてるし。
ナオ:はは。なんかおもしろい絵だし。腹巻に入るし。
パリ:江戸時代の人に大ウケでしょう。
ナオ:たしかに。「珍奇札」とか呼ばれて。
パリ:ね。あ! もっといいのがあった。エロ本の切り抜き!
ナオ:はは。「エロ本の切り抜き!」じゃないですよ。
コメント
コメントを投稿